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鳥羽の歴史鳥羽の歴史

鳥羽の歴史

豊かな自然環境と雄大な海の恩恵を受けて輝いてきたまち、鳥羽市。
かつては、鮑や海藻などの魚介類を神宮や都に納める「御食国(みけつくに)」として、奈良・平安などを中心に近畿一円にその名は知られていました。戦国時代には九鬼嘉隆率いる九鬼水軍の輝かしい武功の数々によって、さらにその名は全国へと広がりました。
戦国時代末には九鬼嘉隆が鳥羽城を築城し、鳥羽は大阪から江戸、桑名・熱田などから江戸へと向かう交易船が風待ちのために立ち寄る港町として栄えました。鳥羽の地名については諸説ありますが、交易船や人が行き交う「泊浦(とまりうら)」、「泊り場(とまりば)」がなまったものといわれています。

また、明治時代には、御木本幸吉が世界で初めて真円真珠の養殖に成功し、幸吉は故郷の発展を願い、真珠の魅力とともに伊勢志摩の美しい景観を広く紹介しました。そして昭和に入り、市全域が伊勢志摩国立公園に指定されるとともに、外国人観光客をもてなす国際的なまちとして、全国12都市ある国際観光文化都市の一つに指定されました。
そして今、海上を行き交う船舶や牡蠣などの養殖筏、漁師や海女が生活する風景など、そこに住む人の営みと豊かな自然環境や歴史文化があわさり、溢れるまちの魅力として多くの人を魅了しています。
鳥羽がもつ多彩で豊かな資源は、真珠のように輝く希望の光を放っています。

鳥羽特有の習わし

鳥羽ならではの「干す」習慣
~うま味を凝縮させ、保存を効かせる料理法~

鳥羽には、その時期にたくさんとれる魚や海藻、野菜を干す習慣があります。食材の保存を効かせるだけでなく、潮風と太陽の光をたっぷりと浴びせることで、食材のうま味を凝縮させることができます。

(例えば…) サツマイモを煮て適当な厚さに切ったものを天日で干し、乾燥させたものを「きんこ」と言います。海鼠(ナマコ)を干して乾燥させたものも「きんこ」といいますが、形がこれに似ているためこの名が付いたとも言われています。

(例えば…) サメの切り身を干したものを「さめのたれ」と言います。サメの身をヒラヒラと垂らして干して作る姿から、「さめのたれ」の名が付いたとも言われています。

古より引き継がれる熨斗鮑(のしあわび)

慶事の贈答品などに現代でも欠かすことのできない熨斗。現代ではかなり簡素化され、印刷された熨斗袋などが用いられますが、その原型は伊勢神宮に奉納されてきた「熨斗鮑」にあります。

鳥羽市国崎町では、2000年にわたり「熨斗鮑」を伊勢神宮に献上しています。「熨斗鮑」は、鮑の身を薄く長く削いで干物にし、伸ばしたものです。国崎町では、漁が行われる6月から8月に、庁内にある「御料鮑調製所(ごりょうあわびちょうせいしょ)」において、古式にのっとって熨斗鮑が作られています。

妊婦に鮑(あわび)を贈る風習

鳥羽では、親せきや知人が妊娠したと聞くと、お祝いは鮑を贈るという習慣があります。妊婦が鮑を食べることで目のきれいな子供が生まれるという言い伝えがあり、地域によっては、雄雌つがいで贈られます。
また、鮑には傷を癒す力があるとも言われており、地域の人々が美しく健康でいられる秘訣の一つにもなっています。

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